イエス キリスト

韓国ドラマ「ラブレター」を観て

永劫回帰のような・・・

韓国ドラマ「ラブレター」を観て

韓国ドラマ「ラブレター」を
Gyaoで観てます。
そろそろ終わりかな?

話の内容は、

一組の男女が愛し合ってる。

で、さっさと出来ちゃえばいいのですが、

しかし、
どちらも複雑な事情がある
男のほうは神父になるために勉強している
女のほうは、病気で余命数カ月
さらに、横恋慕する自己中男がいる

というわけで、
ごたごたするわけです。

男は神父になることをあきらめて女と結婚しようと考えますが、
もう数カ月しか命のない女は、
男に、神父になる夢を捨てさせないために、
身を隠すのです。

可哀そうな、ウナ!(女の名前、女優さんはスエ)
というわけです。

で思うに、
このドラマの問題点は、
「神父は結婚できない」というところにあります。

だいたい
結婚するな!
なんていうのが、非現代的です。
過去の遺物です。
化石です。

が、
カトリックは
未だにコンドームを認めていないほど、
後進的な宗教です。

少し前までは、
イスラム教もびっくりするほどの
残酷な宗教でした。

もし、
新興宗教が、
出家して、結婚するな!
本部の言うとおり薄給で働け!
なんていえば、
家族の大反対にあうでしょうし、
すぐさまカルトと認定されてしまうでしょう。

カトリックの場合は、昔からあるからスルーされているだけで、
内実は全くカルトとかわりません。

「ラブレター」の中の男も
牧師志願なら、
何の問題もなく、病気の彼女を最後までみとってやることができるのです。

「神父なんかやめて、牧師になりなさい」
「祈る神にかわりがあるわけではないし」
といいたいです。

が、
日蓮宗の信者に、「念仏者になれ」というのと同じようなもので、
そう簡単に、プロテスタントになれるわけがありません。

だから、神父も結婚できるようにすればいいのです。

バチカンがその方針を出さないのは、
神父に結婚させると
今以上の給料を払わなければならなくなるからです。

今は、奴隷のように神父をこき使っていますが、
神父が家族を持ったりすると、
そうもいなかくなります。

そこをバチカンが嫌っているのです。

しかしながら、
われわれとすれば、
家族を持って
父親としての苦労も経験している牧師と比べると、

結婚せず、親としての経験もなく、
また、性欲を抑え込んでいるので鬱屈しているかもしれない
神父はいまいち信用できないのです。

話がそれてきましたが、
「神父でなくて牧師だったらよかったのに」
と思ったので、書きました。




[ 2012/11/02 22:35 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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