イエス キリスト

妙法蓮華経方便品第二(ふたたび)

永劫回帰のような・・・

妙法蓮華経方便品第二(ふたたび)

同じことを何度も書くのはどうかとも思うけど、
だれも昔の記事を読みはしないだろうから。

法華経には、法華経を読んだり、書写したり、説法したりした場合の功徳が
たくさん書かれているけれど、
そもそもの法華経の教えというものがどこにもないので、
功徳のオンパレードがむなしく見えます。

だいだい、お釈迦さまが説法されているときには、
法華経はまだ書物になっていないのだから、読んだり書いたりなんていうのが変ではあります。

で、
そういうことを横に置いとけば、
一番大切なところは、

わたしは、

「唯仏と仏といましよく諸法の実相を究盡(くじん)したまえり」

のところと思います。

仏でなければ、諸法の実相はわからないということです。

諸法の実相が分かれば、仏なわけです。

あまりにもあたりまえのことですが、これが一番大切なことで、
此処からすべてが始まります。


ところで、
「諸法は実相である」と読む人がいますが、
おかしなことです。

そもそも諸法は実相をさらしているのです。
ただ、仏でなければ、それが見えないのです。

ところで、
法華経というと
「日蓮宗」
あるいは
「天台宗」
を思う人が多いと思いますが、

これらの宗派は歴史の中でのただの派生物にすぎません。

無視してかまわないと思います。

いや、積極的に無視すべきだと思います。





[ 2012/07/31 20:02 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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