イエス キリスト

グノーシスは当然

永劫回帰のような・・・

グノーシスは当然

わたしは、初めてグノーシスについて読んだとき、ひどく感動して、

そのあと、関係した本を数冊読んだりしました。


キリスト教がグノーシスを弾圧したので、

なんとなくヤバイ思想のようなイメージがありますが、

心の優しい人なら、当然グノーシス主義者になると思うわけです。


なぜなら、

旧約聖書の神があまりにひどいからです。


他の民族の虐殺を命じたり、

あるいは自らが人類の絶滅を図ったりと、

普通の人が考えれば、なんともひどい神様だと思うはずです。


で、

この神は、神ではあるが、低級な神だ。

どこかに、本当の、至高の神様がいるはずだ。

というところから、グノーシスは始まると思います。


旧約聖書は、ユダヤ人の神話ですから、

自分たちのした侵略行為を正当化する内容になっているわけです。

とうぜんながら、真の愛なる神をあらわしてはいません。


本当の神様なら、そういうことはなさらないはずなんですが、

聖書には、いろいろ神らしくないことが書いてあるわけです。


わたしなら、あれは神話だから で、済ませられますが、

昔の人は、真剣に考えたんでしょうね。


酷い神なんだが、なんとかいい神と思いたいと苦労した人と、

あっさり、そんな神は真の神じゃないと断言した人に分かれます。


で、わたしは、

聖書を読んでも、本当の神は分からないという考えです。

とくに旧約聖書なんて、読む価値はないですね。

いや、

詩篇とか、箴言とかは、いいこと書いてあります。



で、話が飛びますが、

浄土信仰もグノーシスです。


「父子相迎」を考えなければ、

マルキオン主義に近いかもしれません。


とにかく、この穢土への未練を捨て、


極楽国土に行きたいと思うことが、心の中に光の粒のあることの証明です。


弥陀の力で、プレーローマに引き上げられます。

南無阿弥陀仏

これが、自然法爾でしょうネ。



[ 2011/08/30 18:18 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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