イエス キリスト

牧師にでもなろうか

永劫回帰のような・・・

牧師にでもなろうか

先ほど
「坊主になろうと思った」
などと書いていたくせに!
と思う人も多いでしょうね。

坊さんはダメです。

あれにはなれません。

葬式屋は嫌いです。

在家仏教が日本における理想的な姿です。


で、
牧師は?

牧師さんも
自分の、
そして、
家族の生活を維持していくためには、
多くの信者を獲得しなければいけません。

多くの信者を獲得し
悪名高き「什一献金」をさせれば、
豊かな生活ができます。

信者獲得競争です。

韓国からの出稼ぎ(?)牧師も多いのです。

多くの信者を獲得し
大きな教会を立て
大成功した牧師は、
外車を乗り回している。

そういうことみたいです。

が、
私の場合
退職してからの第二の人生の話ですから、
いまさら、
信者獲得に奔走する必要がないので、
牧師としての本来の仕事が
マイペースで出来ると思うのです。

でも、
これにも問題があります。

一つは、
いまさら聖書学校に行って4年も勉強する気になれない。

それに、さらに大きな問題として
聖書をすべて正しいなどとはぜんぜん思っていないということ。
旧約聖書はほとんど神話です。

こんなんで、
牧師になれるわけがありません。

だいたい、
キリスト教を広めることが
すばらしい使命とは思ってないんですからね。

だから
「牧師にでもなろうか」
というのは、
私の場合
「俳句でもしようか」
という
いい加減な思いつきでしかなく、
ほとんど実行する可能性ありません。



が、
俳句を一つでも作って
「私は俳句作家です」
と名乗るのは自由であるのと同様に

「私は単立教会の牧師です」
と名乗るのは自由なのです。

認めてもらえるかどうかは別として
「名乗るのは自由」です。

そもそも牧師に資格は必要ないのですから。

もちろん、既存の教会の牧師と名乗っては
詐称ですから、いけませんが、
そうでなければ自由です。

ということで、
わたしは、牧師になりました。

自称牧師です。

牧師らしい活動は今のところ0です。

今、牧師になったばかりですから。

で、
1時間後には
牧師になったことを忘れている可能性もありますけどね。

わが単立教会は、

1 聖書がすべて霊感でかかれたものとは思わない。
2 パウロの教義はとらない。
3 福音書を重視する。

ということです。

さらは、法華経などの仏典も読みます。
神の国と極楽浄土の融合も考えます。

以上、ほとんど冗談です。

が、
一応
「牧師」になりました。

単立教会の名称は、
「○○キリスト教会」となりますが、

「○○」は、なんとしましょうか。


[ 2012/06/30 10:06 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック:
この記事のトラックバック URL