イエス キリスト

マグダラのマリアと聖杯

永劫回帰のような・・・

マグダラのマリアと聖杯

マグダラのマリアつながりで、この本を読んでます。

マグダラのマリアと聖杯マグダラのマリアと聖杯
(2005/06/01)
マーガレット・スターバード

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イエスの時代については、いろいろ本を読んでますが、キリスト教の範疇外のことは知らないので、
この本に書かれていることが正しいのかどうかはぜんぜん分かりません。

が、福音書の読み方については、考えさせられました。

たとえば、
「ナルドの壺」について。

イエスがベタニアでらい病の人シモンの家にいて、食事の席に着いておられたとき、一人の女が、純粋で非常に高価なナルドの香油の入った石膏の壺を持って来て、それを壊し、香油をイエスの頭に注ぎかけた。 
マルコ 14:3

「純粋で非常に高価なナルドの香油」って、どんな意味を持つものなのか。
「石膏の壺」って、どのようにつかわれていたのか。
「香油を頭に注ぎかける」ということにどういう意味があるのか。

こういうことを、基礎知識としてぜんぜん持ってませんので、本当の意味が分からないということです。



そして、
そのことは、
すでに現代には伝わっていない、
あるいは、
マルコ伝の著者も知らなかったのではないかということ。

ようするに、
福音書は2000年近く昔の、それも遠く離れた国の話なので、
現代の日本人の私には、
ただ読んだだけでは理解できないと分かりました。

教会では、
日曜日の礼拝のときに聖書を読んでますが、
あんな読み方では、大きく間違ってしまうでしょう。

福音書を理解するためには、
参考書が必要です。
それも、教会が作ったものではないものです。

また、
そもそも新約聖書そのものが、
いわゆる正統キリスト教にとって、
ひどくゆがめられてしまっているので、

本当のイエスキリストの出来事

を知るには、かなりの勉強が必要です。

なお、私の場合、
いろいろな福音書を知ることにより、
新約聖書の中の四福音書だけでは、
本当のキリスト教は分からないと思うようになりました。

ということで、
教会べったりのクリスチャンは可哀そうに思い、
そうでない自分を
つくづく
「よかった」と思っています。

クリスチャンはしかたないとして、
クリスチャンでない方は、
今のキリスト教の聖書理解は間違っている!
と知っていただきたいです。


なお、
今まで読んだところで変だと思うのは、

「ラビ」と呼ばれることにより、イエスキリストは結婚していると周知されていたということと、
「マグダラのマリア」が妻であるということは秘密にされていたという主張の
矛盾です。

イエスに子どもがいたであろうということは納得できますけどね。

そういうことなら、
イエスは結婚して子どもをもうけたあとに、
妻子を家に残して、
伝道に出かけたということが本当らしく思えます。

マグダラのマリアとは不倫関係ということです。

なお、ヨーロッパにある
黒いマリア像は、マグダラのマリアではないか?
というのは面白いですね。

聖母マリア信仰の裏に、マグダラのマリア信仰が隠されているのかもしれません。

このあたりのことは、
日本人にはぜんぜん分からないことです。









[ 2012/02/05 09:34 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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